仕事の指示を組織の上司が何でもケースバイケースと言うのはどうか?

サラリーマンあるある

本職では無く、他部署への協力や支援(協力するほどお金にならない仕事です)に対する上司の指示が「ケースバイケース」という言葉で終わらせるのはアリなんでしょうか?

ケースバイケースという言葉は、

  • 臨機応変に対応しろ
  • 標準はないからお前の判断に任せた

という風に聞こえます。都合の良い言葉です。

例えば、「ケースバイケースだろ」と怒られても、「じゃあ今回はどういうケースなんだ?」「次回はどういうケースを考慮すれば良いんだ?」「わからなければ毎回聞けばいいのか?」という話です。

組織として標準的なルールを作らなくて良いの?一からゼロまで個人商店の集まりで良いの?

ケースバイケースとは?

ケースバイケースは、「その時、その時」や「時と場合による」といった意味です。

この言葉の前提に、準委任契約的な仕事量の前提があれば、いくらケースバイケースでもブレ幅が限られるのでわかります。

ただ、そういった前提も一切なしに、仕事量が3倍でも4倍でも倒れるまで増やせて、結局どこまで時間をかけて良いのかわからないような条件の上でケースバイケースという指示を出すのはどうなんでしょうか?

その仕事量的な判断も、個々のそれぞれ違った価値観のメンバーに任すということでしょうか?

仕事量や仕事時間のケースというのは、誰のケースに合わせれば良いのでしょうか?

なんでもケースバイケースで説明を終わらせる職場。そんなもんで… – Yahoo!知恵袋

そして、そのケースバイケースが全体総和でうまくか無かった場合は、どうその上司は責任取るんでしょうかね?ケースバイケースにすべてを任せて、全体総和コントロールが出来る腕があるなら、逆に凄いですけどね。

組織でケースバイケースを語るなら標準はあるべき

手段や選択肢のケースバイケースはまだOKで理解できるのですが、
時間軸(仕事時間や残業含めの増減)をケースバイケースで個々の考え方も違うメンバーに任せるのは、組織としてはいかがなものだと思いました。

というか、いくらケースバイケースでも、「標準はコレ」というものに対してケースバイケースであるべきだと思います。

例えば残業時間は、今まで「残業はケースバイケースだ」としてきたと思いますがそれでは問題になり、今では36協定で「残業は月45時間まで」といった目安があるようになったと思います。

そういう事だと思います、ケースバイケースで全部任せるのではなく、目安を用意してその前後でケースバイケースをしないと組織としてはおかしくなるんじゃないかと思います。

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